大学生活って意外と暇だし、インターンやら遊びやらで予定が入るだろうとおっきく開けていた休みを家でただ漫然と過ごすっていうのにはもう飽き飽きしていた。
のでヒッチハイクをすることにした。
週明けにはスノボに行く予定だったので使えるのは3日ほど
特に色々考えなかったけど、移動に2日と丸一日観光の2泊3日ぐらいになるかなと
用賀インターまで
最寄駅から徒歩で行った。東京だとヒッチハイカーが飽きるほどいる用賀ICだと聞いていたので、ハードルは低いだろうと。
英語や留学しかり、思い立って準備していざやるときになって緊張して言い訳をしだす自分には最初のハードルを低くしてあげないといけない。
高速に入ったらどうしたってヒッチハイクをしなければいけないのだ。
その日の午前中は洗濯物をしたりなんだり家事を済ませていたので結局11時ぐらいに出発した。
平坦で普通の住宅街だったから40ふん近くの徒歩はつまらなかったけど不思議な緊張感を落ち着かせるにはちょうどよかった。
次はスケボーとかあると楽かもしれない。
思わぬ需要。
用賀インター→海老名SA
12:22
隣にヒッチハイカーとかいるの嫌だなって思っていたのは全くの杞憂で、用賀ICには誰もそれらしい人はいなかった。
マックの前の道路沿いに座って100均で買ったスケッチブックにマジックペンで目的地をかいた。
とりあえずは海老名。
やっぱり最初は緊張するものでスケッチブックを掲げるのに少し時間がかかった。通行人の目やマックの中の人だったり。
名古屋方面とか静岡方面とかも今のうちに書いておいた方がいいよねなんて言い訳をして
スケッチブックを掲げてみて5分10分と過ぎた。
なるほど、ドライバーに目を合わせて見ようとするけれどちょっと会釈されたりするのもレアケースで、ほとんど無視される。そりゃそうだ。
ベンツとかレクサスとかに下手な字を書いたやっすいボードを向けるのは気後した。
でも結局20分ぐらいして、マック側から出てきた乗用車に乗せてもらった。
40前半ぐらいのおじさんだった。
ヒッチハイカーを乗せるのは初めてらしく、変にきょどきょどしていた気がする。
いや、僕も同じだったかもしれない。
最初はヒッチハイクの話。
次は仕事の話、小田原の私鉄で働いているらしい。
その後大学の話をしたらずっとその話になってちょっと失敗したなと。
でも子供がいるらしく、ゲームと勉強の両立とかそんな話をしていた。
親がすることは制限することじゃなくて、放置することでもなくて、ずっと子供に寄り添ってあるべき方向を見せ続けることなのかなとは思うけど、
21のガキが理想を抽象的に話すのも微妙なので会話の主導権は全部譲った。
海老名までは30分強、もっとお話できたら嬉しかったけれど、到着したのでお別れした。
人当たりが良い方で、帽子はもっと浅く被った方が印象がいいよ、とかを教えてもらった。
最初のヒッチハイクで精神をすり減らさずに済んだのは僕に興味を持ち続けてもらったかもしれない。
海老名SA→刈谷ハイウェイオアシス
13:37
海老名について、しばらくトラック用のトイレでn十人に声をかけていたけれど、どうも方向が違ったり人通りが少なかったので乗用車を狙うことにした。
海老名はヒッチハイクのブログが複数あるだけあって、SAの出口にちょうどいい感じの場所があった。
先客男二人組の大学生黒づくめ陽キャヒッチハイカーが場所をとっていたので隠キャ僕はベンチに座って彼らがいなくなるのをまった。
こういうのが良くないと思うんだよなぁ。
結局ボードを掲げた。行き先はとりあえず静岡表示。
40分ぐらい待ったかもしれない、もうトラックに移るかなって思った時に
同い年ぐらいの若い男が乗った古めのスポーツカーが止まって声をかけてきた。
爽やかそうな雰囲気と気さくな感じで、この人の車に乗りたいなとは思ったけれど
「静岡の手前で下ろすことになりそうで、それなら待った方がいいかもしれない」とのアドバイスをもらい、
それはそうかと見送った。「頑張ってください」の一言って意外と嬉しいのだ。
次にとまってくれたのはこれも同い年ぐらい人たちで、カップルだった。
僕はむしろ恋人とデート中に見知らぬ人間を乗せるっていうこの人たちのクレイジーさに興味が出てきて、乗せてもらいたい機運がたかまった。
が、静岡の半島の方に行くらしく、同じ理由で待った方がいいとアドバイスされ見送った。
結局今回の旅行でペアの方々、もっと言えば女性が乗った車に乗せてもらうチャンスはそれっきりだったので、ちょっぴり後悔している。
さて、乗れそうで乗れない車を見送って、やっぱり乗ればよかったかななんて思いながら、僕の目の前を白いバンが50メートルほど通り過ぎて止まった。
30後半ぐらいのお兄いさん(おじさん?)だった。
先輩についていって新しいIT関連事業をしているらしくチャレンジできるのは今のうちだからって言っていたのが印象的だった。
ちょっと止まってもらったのが遠かったので初めは気づかなかったが乗せてくれるとのこと。
どこまで行くのかと聞いたら兵庫まで行くらしい。
これはラッキーだった。静岡超えて名古屋に入ることができる。
待つのは正解だった。僕を乗せてくれなかった2台には感謝だ。
結局なんだかんだ4時間以上乗せてもらうことになった。
自分のことばっかり話してしまったし、共通の話題を見つけるのになかなか苦労した。
家族、旅行、仕事、勉強、天気、時事(コロナとか)、変わった体験、人生
それっぽい話はしたけれど、終始僕が話していたのでうまくキャッチボールにはならなかった気がする。
今反省すると、自分の中では頑張った方だと思うけれど、もっと突っ込んで批判とか違うと思うとかどうしてそんなことしたのとか聞いてもよかったかもしれない。
あとは話の最後は必ず相手の話に戻すように意識してだけなん情報を言わないようにするとかかもしれない。
あと、1回目のヒッチハイクの反省を生かして、自分の出身は慶應だと言ったが、それも微妙だったかもしれない。
その場限りとはいえ下手な嘘はなんとなく微妙な空気を自分から出してしまう。
ガムくれて充電器貸してくれてめちゃくちゃいい人だった。
自分ってつかみ最強の自己紹介ネタもなければ、世間様一般に面白いって思ってもらえることってなかなかしてこなかったんだなとも反省。
学園祭とかバスケとか友達との失敗とか、言ってしまえばありふれたもので、僕にとっては価値あるものでも人から見たらふつうのことなんだ。
もっと面白くて外から見てもいいなって思えるようになりたいって
まあもともと思ってはいたけれど、こうやって意識するとは思わなかった。
でも4時間は友達でもきつい。(なおベトナム台湾)
刈谷ハイウェイオアシス→一社
17:40
ここは鬼門だった。
ほとんど一般道で、地元の人が買い物に来るモールの役割も果たしているらしく、地元民が多かった。
しかし人通りはめちゃくちゃ多いので、いっぱい声かけていっぱい断られるっていうコミュ強アタックしか可能性はない。
ここまで言ってもボード抱えてるだけだったので少しハードルは高かった。
それにいつもの、もっといい場所があるかもしれないから先に探そうとかなんとか言い訳してスタートが遅れたのもあった。
結局人通りが控えめの下道がわの駐車場で声をかけることにした。
雨も降るわポケGOしてるだけの人もおるわでなかなかうまくいかなかった。
でも断る時、真夜中に声かけてきた変人僕に「ごめんなぁ」とか「頑張ってな」とか声かけてくれるのは正直支えになった。
ヒッチハイクで乗せてもらおうと甘えてる身分だと余計に申し訳ない
暗くなって雨も降っていたので人もまばらで10人通るのもやっとって感じだった。
それでも40人ぐらいに声をかけた。
結局刈谷についてから2時間ほどして声をかけた方が乗せてくれることになった。
50後半か60前半かの方。
きっとあれ以上続けていたら風邪をひいいていたのでありがたすぎる。
この人とはどうも馬があった気がする。なぜかはわからないけれど。
自分からいろんなことを話してもらったのできっと僕のことも気にいってくれたのではないかなと思った。承認欲求が満たされて嬉しかった。
大戦のこと、地方格差のこと、就活市場のコンサルのこと(僕じゃなくて相手からこの話になったのはびっくりした。)、仕事、政治
教養がある方で、どの話も面白かった。
聞くと小学校の頃親が小学校の校長先生だったらしく、どうも難しい関係だったとからしい。
教養ってやっぱり親に影響されるよねとはすごく思った。
印象に残ってる話は2つ
1つは父親が校長先生だった話からで
コミニュケーション手段が釣りだけで
それのせいか大学の頃に日本全国の漁港をヒッチハイクでめぐって頼み込んで住み込みで働いて、あの街はどんな街でここはどんな雰囲気でっていうのを体験して父親と仲良くなりたかったってお話。
こんな話僕が60超えて若者にできるかってことですよね。
たぶん自分に自信があるからなのかな
羨ましいな。
もう1つは奥さんが不整脈があってそれで毎日をすっっごく大切にしてるって話。
おいしいもの食べて楽しいこといっぱいして、精一杯過ごそう、大事にしようって俺は妻に言ってるって、言ってて
こういう男らしさを見失ってがちな僕の年代にはとっても聞こえるものがあったよ。
愛と呼ぶ価値があるならきっとこういう関係なんだろうなって、そんな気がした。
しかし僕も不整脈でそんな気分になったこともあるから、なんとコインシデンスな。
そんなこんなで一社に到着。
最後の刈谷の雨はまだ降っていたけれど、街中で降られる雨にはなんとなく安心して、
名古屋上陸はそれが初めてだったけど、不思議な安心感と一緒に、
2年性の頃、勢いで身ひとつでNYに行った時と同じ感覚だった。
それは一瞬だったけれど、そういう緊張と緩和にある、小さな生きてる感覚っていうのがほしかった僕の旅行は、半ば終わったようなものだったのかもしれない。
そこからメトロで名古屋について味噌カツを食べた。
おいしかった。
それで快活クラブに泊まった。
徒然チルドレンと5等分をよんだ。
やっぱり現実の方が面白いこといっぱいで、それが透けて見えて共感できた時
こういうのは面白いんだろうなって。
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