2020年2月23日日曜日

東京-名古屋間をヒッチハイクした話(後編)



さて、前回は東京→名古屋ヒッチハイクの話だったので、今回は帰路について残そうと思う。









その前に、そうまでして行った名古屋旅行だったけど、名古屋城見て熱田神宮に行った(宝物殿閉まってたorz)ぐらいで観光自体はすごいありふれたものだった。




ネカフェに泊まったりスーパー銭湯に行ったりで、リフレッシュは相当できた






ネカフェの店員さんだとか、レストランでサーブしてくれる人とかにかける声とか返事の仕方とかが、心なしか元気よく印象良さげなものになってるのに気付いて、




人間の外側から見られる性格、特に初めて会う人とかに与えるものって案外1日そこらで作られるものも大きいのかもしれないと











結局旅行してみたけれど、別に名古屋じゃなくてもよかったって言われるかもしれない、でも味噌カツとひつまぶしが美味しかったのでまあ満足しました。




でもひつまぶしは食べ方が細かくて、どの割合普通に食べて、何をいつどれだけトッピングして、お茶漬けはどうしようとか、タレは濃いのがいいのか薄いのがいいのかとか


考えるのが多すぎて、それをいろいろ楽しめるってポジティブに受け止められる人じゃなかったのでちょっと面倒だった






なんていうか、







5分で体位が変わるセックスってしんどい








ってことかな






















ちょっと余談、


名古屋の都会っぽさと田舎っぽさとサイズ、人の雰囲気、どれをとってもなんだか日本っぽくて



名古屋が一番日本っぽいなって思った。




こういうのなんていうんだっけ、


小日本、みたいな


これは悪口だっけ







なんでもいいか












結果より過程を大事にする人ってなんだか理屈っぽくて苦手だけど、



こうやって目的地よりそこに至るまでの自分がいるわけで、



やっぱり主義主張っていうのは個人的な経験に基づく曖昧なものなのかもね










はい、本編に移ります。








名古屋→大曽根→上郷

大曽根付近の温泉に入りたかったかつ、守山PAっていう下道から入れるPAに近かったのでそこまで電車で移動。


湯の城ってとこでしたが岩盤浴とか食事とか着替えとか漫画とか、いろいろオプションついて1時ごろまでいられて1500弱は安くてQOLって感じでした。





でも夜は越せなかったので近くのネカフェに泊まる。


やっぱりオープン席しかないネカフェって電気自分で消せないしそれなりに音がするし満足度は低かったけど、前から気になってたナナっていう漫画読めてよかった。



4か5かまで読んだけど、しょうじ君を非難する風潮もっとあっていいんじゃないのって思う。

バンドやってる人のキラキラって高校の時すごく感じてたから無性に感情移入してしまった。








はい。








で、名古屋コスパ朝ご飯を食べて大曽根からバスで守山PAまで移動。





付近に小学校と歩道橋があって登校時刻ちょうどだったっぽくすごい群れてる小学生を久しぶりにみてちょっとびっくりした。





8:15




守山PAはすごく小さいPAで、ほとんど地元の人ばかりで大変だった。



でも一方でボード掲げないで一人一人全員に声をかけたからだいぶ鍛わった感もある。




お葬式に行く途中の人もいていい迷惑だったなと我ながら思うけど




結局30後半くらいのおにさんが乗せてくれることになった。



僕も声が大きい方じゃないけれど、めっちゃ声が小さい人で最初は聞き取れなくて、でもちゃんと聞くとすごいフレンドリーに話してくれる人で優しかった。





交渉して上郷まで乗せてもらうことにした。




すごいヒッチハイクを褒めてくれて、ここまでの素人ながら成功率高く声を掛ける工夫をしていたことに興味を持ってくれた。




これで舞い上がるようなタイプの人がもっとブログ書いたり日本一周とかするんだろうな、しんどいななんて思っていたよ。



じゃあ僕はなんなんでしょうね









褒められるためとかは絶対違うし


そんなんで野宿とか寒い中突っ立てるとかは褒められ方下手すぎる











じゃあじこけいはつ?じぶんを変える?


二日で変わる人生なんてお察しだってわかんないほど馬鹿でもない











結局たぶん、今を生きてる感覚が家で寝てるだけだと得られないって思ったからで




確かに、知らない人に声を掛ける小さな勇気と緊張は、その瞬間生きてるんだって感覚をわずかでも僕にくれたから













悪くないかなって










ギラギラしていたいんだ













上郷→足柄SA

9:13



ここは意外と時間がかかった。


もしヒッチハイクするなら上郷より手前、名古屋側の東郷の方がいいかもしれない。




ちょうど一般乗用車が出ていく部分にくぼみがあって、一見ヒッチハイクしやすそうだったけれど、


ちょうどスピードが出るところだったり

ショートカットして目の前を通らなくていいようにできたり



1,2時間してもなかなか捕まらなかった。








売店とかトイレの前で声をかけるのもありだけれど、観光バスで乗客が大量に放出されるので、ドライバーを選んで声をかけるのは難しい。








そこで僕はトラックドライバーに声をかけることにした。









寝ている人は避けながら20~30人ぐらいに声をかけた。





って言ってもトラック自体少ないし、声をかけられそうな人はもっと少なかったのでだいぶ時間がかかった。









結局、東北ナンバーのトラックがいい感じだったので近くでうろついて、ドライバーさんが帰ってきたときに声をかけて神奈川あたりまでならいいって言ってくださった。








ほんとにしんどかったからありがたい。








今は同乗禁止のトラックも多くて、って言いながら、ドライブレコーダーを切ってまで乗せてくださったのには感謝しかない。







甘やかすのはまだしも、人に甘えるって嫌なもんだなって







10:20



この人とは本当に多くのことを話した







何せ3時間強、家族のことから仕事、なんやら何やまで






それでもやっぱり東大生っていうのはコンテンツらしくて



おれ東京大学の人と話すの初めてだぁ


って愛嬌のある東北(岩手だったか)訛りで話してくれた。



アイスクリームを運ぶトラックだけど、今は空荷だから乗せてもいいと


てっきり荷台に乗れってジョークかと思ったが、荷物のあるなしでは責任が違うってことらしい。






なんにせよありがたい。
















たぶん勘違いしている人は多いと思うんだけど
(どこぞのYoutuberが職業なになにランキングとかしていた気がする)




長距離トラックドライバーはブルーカラーだけど、決して待遇は悪いとは限らない。





愚かな青二才ぼくは、ブルーカラー=3Kで学歴ない落ちこぼれがなる、みたいなことを平然と言ったり思ったりする人に反論ができないでいた。







でも長距離トラックって、ずっとアクセル踏んで座ってるだけで頭は使わないけれど、一昔前は月100万とかもザラで、そうでなくたって稼げる仕事って有名だったんだ





まあだから何ではあるんだけど、仕事の価値がどこに置かれるってその人の能力だったり学歴だったりを注視しがちな文化にいるぼくにとって意外だったということで








他にもいっぱいトラックドライバーのことを教えてもらった



どのトラックがどんなものを運ぶのか、


最高時速は90kmってなってるけど実はリミッターが外せる仕様になっていて生鮮とか花とか市場の時間に間に合わないといけないやつらはこっそり外してること、


地域の積卸トラックだと長距離のn倍きついのに25万で割りに合わないとか



パレット積みじゃなくてバラ積みだとドライバーが一人で2時間3時間かけて下ろさないといけなくてしんどいとか









最後に足柄SAでおろしてもらうときに、ジュース代って言ってくれた1000円で食べた、
ほうとうは、大学一年生ぶりだったけれど特別な味だった。



足柄→東京周辺

12:56




これがしんどかった


なぜか足柄に到着してから体か心かどっちかわからないけれど自分がすごくすり減ってることに気づいた。









あっちに歩いたり、こっちに歩いたり、ボード掲げたり、行かない目的地をとりあえず書いたり




適当にもじもじする時間を4時間も取ってしまった。




今思うとあれはなんだったんだろうか、






それまで隠れてた恥ずかしさとかそういうのが前面に出たのかもしれない









別に自分の内向性をどうにかしようって旅じゃないからいいんだけど、


自分のそういうところはもともと知ってはいたけれど、




やっぱりそうなるよねって










でもぼくのかみさまは甘いようで






ようやく決心して声をかけた一人目の人が乗せてくれた








しかもほとんどぼくの地元だという









その方とは


サブカル、車、食べ物の話をした。






ここまで気づかなかったのが不思議だけど



世代や時代を超えてやっぱり共有できる話題って食べ物が最強だなって










ぼくも生まれのせいか、お魚のことは知識がすごいわけじゃないけれど舌は肥えている方だし





なんだ、初めからそういうお話をもっとすればよかった。








その人はぼくを気に入ってくれたみたいで、お気に入りのお店だったり自分の学生時代ちょっと浮いてた話だったり




踏み込んだお話をいっぱいしてくれた。







ぼくはイヤなやつなので、聞いてるフリをしながら、うまく話せている自分に悦に入ってしまった気がしている。










降りて、やはり雨




















夜と雨は好き










塾の帰り、学校の帰り、遅くまで遊んだ帰り、









帰り道の雨は帰る場所を期待させてくれるし、冷たさの中に歩く人、自転車、車いろんなものがそれぞれ閉じ込められてひとりで存在してるように振る舞ってくれるから








いんキャすぎるか
















結局、ぼくが欲しかったのは自己肯定感だったのか







SNSにはあげない矛盾は照れ隠しなのか













別に考えなくていい、ただ身を任せればいいって意味で、ヒッチハイクっていう遊びは


ひどく現代的な、精神衛生上よろしくない遊びかもしれない













もうしない、と思う































































































































































































































































































2020年2月17日月曜日

東京-名古屋間をヒッチハイクした話(前編)



大学生活って意外と暇だし、インターンやら遊びやらで予定が入るだろうとおっきく開けていた休みを家でただ漫然と過ごすっていうのにはもう飽き飽きしていた。



のでヒッチハイクをすることにした。









週明けにはスノボに行く予定だったので使えるのは3日ほど

特に色々考えなかったけど、移動に2日と丸一日観光の2泊3日ぐらいになるかなと



用賀インターまで

最寄駅から徒歩で行った。東京だとヒッチハイカーが飽きるほどいる用賀ICだと聞いていたので、ハードルは低いだろうと。

英語や留学しかり、思い立って準備していざやるときになって緊張して言い訳をしだす自分には最初のハードルを低くしてあげないといけない。

高速に入ったらどうしたってヒッチハイクをしなければいけないのだ。




その日の午前中は洗濯物をしたりなんだり家事を済ませていたので結局11時ぐらいに出発した。



平坦で普通の住宅街だったから40ふん近くの徒歩はつまらなかったけど不思議な緊張感を落ち着かせるにはちょうどよかった。


次はスケボーとかあると楽かもしれない。
思わぬ需要。





用賀インター→海老名SA

12:22


隣にヒッチハイカーとかいるの嫌だなって思っていたのは全くの杞憂で、用賀ICには誰もそれらしい人はいなかった。


マックの前の道路沿いに座って100均で買ったスケッチブックにマジックペンで目的地をかいた。

とりあえずは海老名。




やっぱり最初は緊張するものでスケッチブックを掲げるのに少し時間がかかった。通行人の目やマックの中の人だったり。

名古屋方面とか静岡方面とかも今のうちに書いておいた方がいいよねなんて言い訳をして






スケッチブックを掲げてみて5分10分と過ぎた。


なるほど、ドライバーに目を合わせて見ようとするけれどちょっと会釈されたりするのもレアケースで、ほとんど無視される。そりゃそうだ。


ベンツとかレクサスとかに下手な字を書いたやっすいボードを向けるのは気後した。








でも結局20分ぐらいして、マック側から出てきた乗用車に乗せてもらった。


40前半ぐらいのおじさんだった。




ヒッチハイカーを乗せるのは初めてらしく、変にきょどきょどしていた気がする。

いや、僕も同じだったかもしれない。









最初はヒッチハイクの話。
次は仕事の話、小田原の私鉄で働いているらしい。

その後大学の話をしたらずっとその話になってちょっと失敗したなと。


でも子供がいるらしく、ゲームと勉強の両立とかそんな話をしていた。






親がすることは制限することじゃなくて、放置することでもなくて、ずっと子供に寄り添ってあるべき方向を見せ続けることなのかなとは思うけど、




21のガキが理想を抽象的に話すのも微妙なので会話の主導権は全部譲った。



海老名までは30分強、もっとお話できたら嬉しかったけれど、到着したのでお別れした。






人当たりが良い方で、帽子はもっと浅く被った方が印象がいいよ、とかを教えてもらった。

最初のヒッチハイクで精神をすり減らさずに済んだのは僕に興味を持ち続けてもらったかもしれない。









海老名SA→刈谷ハイウェイオアシス

13:37


海老名について、しばらくトラック用のトイレでn十人に声をかけていたけれど、どうも方向が違ったり人通りが少なかったので乗用車を狙うことにした。




海老名はヒッチハイクのブログが複数あるだけあって、SAの出口にちょうどいい感じの場所があった。






先客男二人組の大学生黒づくめ陽キャヒッチハイカーが場所をとっていたので隠キャ僕はベンチに座って彼らがいなくなるのをまった。

こういうのが良くないと思うんだよなぁ。




結局ボードを掲げた。行き先はとりあえず静岡表示。


40分ぐらい待ったかもしれない、もうトラックに移るかなって思った時に



同い年ぐらいの若い男が乗った古めのスポーツカーが止まって声をかけてきた。


爽やかそうな雰囲気と気さくな感じで、この人の車に乗りたいなとは思ったけれど




「静岡の手前で下ろすことになりそうで、それなら待った方がいいかもしれない」とのアドバイスをもらい、



それはそうかと見送った。「頑張ってください」の一言って意外と嬉しいのだ。





次にとまってくれたのはこれも同い年ぐらい人たちで、カップルだった。


僕はむしろ恋人とデート中に見知らぬ人間を乗せるっていうこの人たちのクレイジーさに興味が出てきて、乗せてもらいたい機運がたかまった。







が、静岡の半島の方に行くらしく、同じ理由で待った方がいいとアドバイスされ見送った。







結局今回の旅行でペアの方々、もっと言えば女性が乗った車に乗せてもらうチャンスはそれっきりだったので、ちょっぴり後悔している。






さて、乗れそうで乗れない車を見送って、やっぱり乗ればよかったかななんて思いながら、僕の目の前を白いバンが50メートルほど通り過ぎて止まった。


30後半ぐらいのお兄いさん(おじさん?)だった。

先輩についていって新しいIT関連事業をしているらしくチャレンジできるのは今のうちだからって言っていたのが印象的だった。



ちょっと止まってもらったのが遠かったので初めは気づかなかったが乗せてくれるとのこと。






どこまで行くのかと聞いたら兵庫まで行くらしい。



これはラッキーだった。静岡超えて名古屋に入ることができる。









待つのは正解だった。僕を乗せてくれなかった2台には感謝だ。






結局なんだかんだ4時間以上乗せてもらうことになった。

自分のことばっかり話してしまったし、共通の話題を見つけるのになかなか苦労した。


家族、旅行、仕事、勉強、天気、時事(コロナとか)、変わった体験、人生


それっぽい話はしたけれど、終始僕が話していたのでうまくキャッチボールにはならなかった気がする。



今反省すると、自分の中では頑張った方だと思うけれど、もっと突っ込んで批判とか違うと思うとかどうしてそんなことしたのとか聞いてもよかったかもしれない。


あとは話の最後は必ず相手の話に戻すように意識してだけなん情報を言わないようにするとかかもしれない。




あと、1回目のヒッチハイクの反省を生かして、自分の出身は慶應だと言ったが、それも微妙だったかもしれない。











その場限りとはいえ下手な嘘はなんとなく微妙な空気を自分から出してしまう。







ガムくれて充電器貸してくれてめちゃくちゃいい人だった。
















自分ってつかみ最強の自己紹介ネタもなければ、世間様一般に面白いって思ってもらえることってなかなかしてこなかったんだなとも反省。



学園祭とかバスケとか友達との失敗とか、言ってしまえばありふれたもので、僕にとっては価値あるものでも人から見たらふつうのことなんだ。




もっと面白くて外から見てもいいなって思えるようになりたいって





まあもともと思ってはいたけれど、こうやって意識するとは思わなかった。



















でも4時間は友達でもきつい。(なおベトナム台湾)



刈谷ハイウェイオアシス→一社


17:40

ここは鬼門だった。
ほとんど一般道で、地元の人が買い物に来るモールの役割も果たしているらしく、地元民が多かった。


しかし人通りはめちゃくちゃ多いので、いっぱい声かけていっぱい断られるっていうコミュ強アタックしか可能性はない。



ここまで言ってもボード抱えてるだけだったので少しハードルは高かった。



それにいつもの、もっといい場所があるかもしれないから先に探そうとかなんとか言い訳してスタートが遅れたのもあった。





結局人通りが控えめの下道がわの駐車場で声をかけることにした。




雨も降るわポケGOしてるだけの人もおるわでなかなかうまくいかなかった。





でも断る時、真夜中に声かけてきた変人僕に「ごめんなぁ」とか「頑張ってな」とか声かけてくれるのは正直支えになった。







ヒッチハイクで乗せてもらおうと甘えてる身分だと余計に申し訳ない







暗くなって雨も降っていたので人もまばらで10人通るのもやっとって感じだった。




それでも40人ぐらいに声をかけた。















結局刈谷についてから2時間ほどして声をかけた方が乗せてくれることになった。
50後半か60前半かの方。




きっとあれ以上続けていたら風邪をひいいていたのでありがたすぎる。







この人とはどうも馬があった気がする。なぜかはわからないけれど。



自分からいろんなことを話してもらったのできっと僕のことも気にいってくれたのではないかなと思った。承認欲求が満たされて嬉しかった。


大戦のこと、地方格差のこと、就活市場のコンサルのこと(僕じゃなくて相手からこの話になったのはびっくりした。)、仕事、政治






教養がある方で、どの話も面白かった。


聞くと小学校の頃親が小学校の校長先生だったらしく、どうも難しい関係だったとからしい。


教養ってやっぱり親に影響されるよねとはすごく思った。




印象に残ってる話は2つ



1つは父親が校長先生だった話からで



コミニュケーション手段が釣りだけで



それのせいか大学の頃に日本全国の漁港をヒッチハイクでめぐって頼み込んで住み込みで働いて、あの街はどんな街でここはどんな雰囲気でっていうのを体験して父親と仲良くなりたかったってお話。




こんな話僕が60超えて若者にできるかってことですよね。






たぶん自分に自信があるからなのかな






羨ましいな。


















もう1つは奥さんが不整脈があってそれで毎日をすっっごく大切にしてるって話。



おいしいもの食べて楽しいこといっぱいして、精一杯過ごそう、大事にしようって俺は妻に言ってるって、言ってて




こういう男らしさを見失ってがちな僕の年代にはとっても聞こえるものがあったよ。













愛と呼ぶ価値があるならきっとこういう関係なんだろうなって、そんな気がした。



しかし僕も不整脈でそんな気分になったこともあるから、なんとコインシデンスな。









そんなこんなで一社に到着。







最後の刈谷の雨はまだ降っていたけれど、街中で降られる雨にはなんとなく安心して、







名古屋上陸はそれが初めてだったけど、不思議な安心感と一緒に、







2年性の頃、勢いで身ひとつでNYに行った時と同じ感覚だった。


それは一瞬だったけれど、そういう緊張と緩和にある、小さな生きてる感覚っていうのがほしかった僕の旅行は、半ば終わったようなものだったのかもしれない。

























そこからメトロで名古屋について味噌カツを食べた。





おいしかった。

それで快活クラブに泊まった。


徒然チルドレンと5等分をよんだ。






やっぱり現実の方が面白いこといっぱいで、それが透けて見えて共感できた時





こういうのは面白いんだろうなって。