2018年9月2日日曜日

Better Touch Tool について

調べた感じ

Better Snap Tool(¥360)をapp storeで購入する

Better Snap Toolの45日無料トライアルをinstall

右上のaboutをクリックして製品版購入メニューを見つける

Better Snap Toolを購入した というバーをクリック
user名とメールアドレスを登録

という流れが最も安い




…らしい


(2019.1.3追記)
半年使ってみた使用感はまあまあ
タブを自動で2分割4分割してくれるのは思ったより便利だった。
ただブラウザ削除と新規タブで開くのショートカットはそんなに言うほどではないかな…?といった形

youtubeサーフィンしかしないような私個人的には¥360の価値はなかったと思う。

2018年5月27日日曜日

どうしようか

どうしようか

正論ってあって。例えば約束を守るとか泣いている女の子を追いかけるだとか、主人公ならそうするべき当然の流れってある。普通そうするべき、そうするのが正しいって流れが。


でもそういうことは破れば破るほど変な人になれる。人と違う人になれる。

好きな人に好きって言わないとか、ぼくらはその辺の恋人たちみたいにベタベタしないってかっこつけたりとか、頑張ってないふりをするとか、まあ色々。



でもそうもいかないときがある



何か決断を迫られた時って、そういういつもの建前的な自分と本来そうするべきだった自分とが争うことになる。

どっかの哲学者が自分の考えが間違っていると途中で気づいても、間違った自分を貫かなければならないと言っていた。

孔子は「過ちて改めざる、是を過ちという」と言ったらしい。

多分世間一般的な孔子の選択は最適な選択だと思う。


でも最適な選択がベストというわけではない。それでだれかが傷つくかもしれないし、そういうことを考えていること自体自分でも相手でもないだれかの目を気にしているみたいで嫌だ。


どちらにしろそういうことを考えるにはエネルギーがいる。


だからそういうことは考えないようにしてきた。逃げていた。

2年たった。

そろそろ清算するべきだと、そういう時期なのだと自分から気づけなかった。


そのそっけなさが、今までそっけなく感じていなかったのだけなのかどうかは知らないけどとても悲しく感じるんです。


あぁ、またごまかしておけばよかったなと。



たまたまお酒を飲んでくらくらしていたのが幸か不幸か。
いや多分それでよかった。



なまじ今日暇だったから色々考えたけど、考えれば考えるほど正論の方に引っ張られる。もともと重心はそこにあるから当然と言えば当然。

どの形がベストなのか。

あの人がどうしたいのか

それを操作するべきか

ぼくはどうしたいのか

それを知るべきか

何を気にしているのか

何が問題なのか




でもそういうことを考える前に、好きだって、言えるひとになりたかったな。



言ったところで少なくとも今のぼくには薄っぺらく感じてしまうだろうけれど


それが言えないから、それが言えなかったことが問題なんだ。




きっとそれはあの人も同じはず


2018年4月22日日曜日

祖母のひっこしを手伝った話


2/2日、母に頼まれて祖母のひっこしを手伝うことになった。

祖母は80だ。

40数年来住んだ古巣だと聞いた。

何でも近いうちに団地が取り壊されるらしい。





駅に着いた。

歩いて団地まで。

懐かしい。

何年振りだろうか。

都会の明るさとはうってかわった真っ暗な道をとぼとぼ歩いた。

人気のない団地について、懐かしい扉をノックしようとすると





「 大きくなったねー 」





叔母だった。

意外なほど小さい背中について家に入る。

ひっこしは明後日だというのに、家の中は少し散らかっているかなという程度だった。

お年寄り一人で引っ越しをするのはやっぱり無理がある。

懐かしいごちゃごちゃした家だった。

小学生の頃の記憶がほんのりよみがえる。

謎のすだれ

変な匂いのする冷蔵庫

狭い通路・・・




その日は寝て、翌日から作業を始めた。






…なかなか進まない


流石に半世紀も住めば愛着も湧くというものなのだろうか

どれもこれも新居に持っていくと言う。

使い切れないような量の食器やら書類やらタオルやら…

ことに衣服に関しては服飾の仕事をやっていたたのもあってか、無尽蔵にあった。

どれもこれも思い出がつまっているのだと



でも叔母は新居にはそんなに持っていけないと知っているから捨てなさいという。

節分。鬼は外だが服も内だ。


申し訳ない

途中から叔母も手伝ってくれて3人で作業をすることになった

ところが母と娘の気安さなのかどうにも叔母の言葉がとげとげしい。

物を捨てるのも問答無用だし、祖母が要らないと言ったものも持っていくべきだと語気が強い。


ひっこし屋さんが来るのに時間がないという危機感のない祖母とこれから夜勤のある叔母
家の隅々まで思い出が染み付いている祖母とそこまでではない叔母(と言っても20数年生まれ育った家のはずだけれど)


どうもこの違いが理由のようだ

会話が叔母一方向でなんとなく気まずい。

何となくピリピリした空気だった。






ひっこしは無事終わった。


一番意外だったのは祖母が想像以上に衰えていたことだった。
小学生の頃は飛び蹴りされてもちょっとよろけるぐらいだった祖母が(それでも当時すごく怒られた)、今飛び蹴りしようものなら間違いなく骨折じゃ済まない。




新居に移って一息ついて、祖母がぽつり


「申し訳ないねぇ」


みたいなことを言っていた。

新しく建てられたアパートで最初に最期を迎えることを気にしているようだった。


このタイミングで団地が取り壊されるのもお年寄りが減って騒ぐ人が少なくなったからっていうのもあるのだろうけれど、

40年住んだ家が取り壊されても先がそこまで長くないことがわかっていたら、それはやっぱり引っ越しなんてしたくない。





祖母は死を直視していた。

自分にはあまりに無縁な感覚すぎて居心地がわるかった。

















2018年1月28日日曜日

はじめに

2018年


何を、どうやって、いつ書くのか

全部未定だけどとりえず始めてみます。



こういうことを始める人ってきっと何かに影響された人なんでしょうね。

そういう自分も誰かに影響を受けた人間です。



去年、夏。
受験勉強のあいまにYoutubeをみるという典型的な現実逃避人間でした



それまでチャンネル登録なんかしたことがなかったぼくが

心惹かれた動画投稿者がいたんです





『けつげ中級兵』



っていうんですけどね




今は脱毛して『けっつん 中級兵』になっていますが



自分も動画投稿者なのにYoutubeを見くだしていたり、ぼくら学生には縁のなかった、いわゆる社会人的な投稿者でした。

それが新鮮で

自分にないものをいっぱい持ってるように思えて

そのあとブログを見てその直感はもうすこし確かなものに変わりました。


数あるブログからBloggerを選んだのはこの方の影響です。


好きなプレイヤーのシューズだから買うとか好きなミュージシャンと同じメーカのギターにするとかそんな感じで。


このブログを読む人がいるのかは知りませんけれど、きっとけつげさんのブログの方が
何十倍も読む価値があります。


URLをのせるのもちょっと遠慮してしまいますが…

http://ketugecyukyuhei.blogspot.jp

この先です。




そのうちまた触れようと思います。