はじめはその大学に入ってすごい友達をいっぱい作って自分も刺激を受けられる環境にいて、その時一番興味のある経済を日本でいちばんのところで勉強できたらと思っていた。
いや、それは今も変わらないのだけど
その目的に沿って世間一般の大学生よりは複数のコミュニティに身を置いていた気がしている。
やっぱり集団によってキャラクターは違うし、それでいいなんて思っている時もあった。
けれど、30そこらの人が同じような価値観で、「おれ、あいつの先輩なんだぜって言えるのよくない?」って言っているのを聞いて違和感があった。
まあ当然の違和感なわけだけれど、でも実際価値観なんてものは口に出すものではなく自分の中にしまって鍵をかけておくものなわけで、滅多に眺めることはないのだ。
違うだろ、お前がどうなのか、ってことだ
知ってるよ
そう言う環境に身を置く、ここまではいい、でもそれで何を思って、どんな行動をして、それがどんなパーソナリティにつながっているのか。大事なことはそれなのだ。
その価値観だと、その環境にある自分以外の変数に身を任せているし、そもそも環境から得るものを眺めるだけで、いや、環境を育てるのは大事かもしれない。
けどきっとそれだけではダメ、と言うかその価値観があることだけでもダサかったんだなと。
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